耳寄りな話

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NPO関係者のがんに対するたたかいの想いや感想を発信いたします。

がん患者さんが歌う春の第九~合唱団員集結!

2016年5月24日

 トップページの「What’s New]でお知らせしたとおり、昨日5月23日(月)に団員向け説明会が執り行われました。

 がん研・吉田講堂を埋め尽くさんばかりの団員に、スタッフ一同、感動しました。
 今回の実行委員長であるがん研有明病院の副院長・佐野武先生のご挨拶に始まり、がん研友の会の事務局・岩崎様、日本フィル・平井理事長、当法人理事・阿曽沼の挨拶及びスタッフの自己紹介などがありました。当法人理事長・武藤徹一郎先生は阿曽沼からの突然の指名に「楽譜を開いたら昔読めたドイツ語を忘れていた」などとご挨拶をされていました。そう、武藤理事長も団員の一員なのです。

 合唱指導に当たってくださる富沢裕先生の豪快な練習方法説明に、団員はもとよりスタッフも、とてもよいものができるに違いないと確信いたしました。
 富沢先生は高齢協という高齢者の合唱指導もされていて、「今年85歳の新人団員が加入しました。だから皆さんもきっと歌えるようになります!」と力強い後押しのお言葉をくださいました。合唱指導されるだけあり、大きな通る声で細かいところまで説明してくださる姿勢に、「よし、頑張ろう!」と思われた方は少なくないはずです。「とにかく体調管理に気をつけて。体調が悪くて練習に参加できないからやめよう、とは決して思わないように。一人もかけることなく本番を迎えましょう!」と力強い言葉のオンパレードでした。

 出来栄え云々ではなく、この1年間、全く知らない人たちと協力して、一つのものを作り上げるその過程を大切にしたい、との阿曽沼理事の言葉の通り、帰る頃には隣あった人と、「よろしくお願いしますね」という挨拶がそこここで聞かれました。

 来年4月1日、どのような第九になるか、今から楽しみです。

「がん」でも笑って死ぬ方法ーーー石見雅美さんの生き様

2013年11月5日

 『「がん」でも笑って死ぬ方法』(ISBN978-4-7667-8549-4 ㈱経済界発行)が発行されました。

 2007年乳がんが発覚、手術・抗がん剤治療を経たものの肝転移、はては脳転移まで経験し、
副作用の大変さ、一人息子を抱えての生活費をかせがなければいけない苦労、
それらをすべて「自分らしく生きる」ために持ち前のバイタリティと明るさで乗り越えた
石見雅美さんの闘病記です。
 乳がん体験者として「乳がん体験者コーディネーター」として同じ患者さんの手助けをしつつ、
東日本大震災の子どもの心の成長支援に東京・愛育病院の小児科医師達とボランティアで参加。
「マンマチアー委員会」の発起人の一人として、乳がん患者さんのために医療者ではなく、
乳がん経験者としてマスメディアはじめいろいろな場面で活躍してきました。

 昨年・一昨年と弊NPOとも「どこでもMY病院」構想に基づき、一緒に活動してきました。
そんな石見さんの訃報が届いたのはお盆も過ぎた頃。骨髄転移のため下半身が動かずベッド生活が
続いているらしいと風のうわさで聞いてしばらくたってからでした。
いつも元気で笑顔を絶やさず、悩んでいる人の話に耳を傾け、我々の活動にも
いろいろなアイディアを出してくれ、石見さんのもっている人脈を利用して、
いろいろな分野の人たちと会わせてくれ、話をきかせてくれました。
治療のためたびたび入院を余儀なくされましたが、その際も、
パソコンが使用できる病室に入院し、患者さんたちに、また私たち活動を共にする者たちに
メッセージを送り続けてくれました。

 著書によれば病気によって落ち込んだこと、それでも「自分らしく」あるために努力したこと、
自分の経験を他の患者さんたちに伝えたかったことが、持ち前の明るさでしょうか、
暗い面を見せずにあっけらかんと語られています。
私たちも「この人は本当にがん患者さんなんだろうか」と何度も疑いの目を持ってしまう位、
いつも元気で、私たちを鼓舞してくれました。

 著書の最初には「もしいま、がんと闘っている人が、この本を読んでいやな気持になったとしたら、
そのときはごめんなさい。」とあります。そんな思いやりを持ちつつ、それでも何とか実情を伝えたい、
「自分らしく」生きたい、同じ境遇にいる人たちの助けになりたいと生き続けた石見さんの著書、
是非読んでいただきたいと思います。
 石見さんのバイタリティー・明るさに支えられ、一緒に歩んでこれたことを感謝し、
あらためてご冥福をお祈りしたいと思います。
 2年という短いお付き合いでしたが、石見さんの生き様を心にきざみ、
これからも負けないように活動していきたいと思っています。

新事務所の風景

2013年5月10日

 4月19日に新横浜から飯田橋に事務所を移転しました。かんかん照りでもなく、雨でもなく、程よい暖かさの日でした。
 新事務所は世帯数の多いマンションの一室ですが、飯田橋という土地柄、半数近くは事務所として使用しているとのこと、入口の案内にはいろいろな法人名があります。ワンルームですが棚や机が作り付けなので(前の方がそう変更されたそうです)結構広い感じです。移転の際、本や資料など結構処分してきたので、作り付けの棚で十分収納できましたし、事務机に匹敵する机が都合3台あるので十分作業ができます。あえて言えば引出しがないのが難点でしょうか、私物の隠し用がありません。ユニットバスは季節用品の倉庫と化しました。
 一番の変化は窓があること、しかもベランダ付き!!機械的な空調に頼っていたこと、日差しを感じられなかったこととくらべると、すばらしい!の一言です。(新横浜の窓のない事務所も「住めば都」ではあったのですが・・。)緑が見えるわけではないのですが、青空がみえるだけで、文章に詰まった時の気分転換には十分です。
 ただ今までほとんど全てを関連会社に頼っていたため、電気の使用も、電話を引くのも、IT環境を設定するのも今回は全て自分たちでしなければなりませんでした。何にどれだけ時間がかかるのかわからず、ましてITオンチの私にはどうにもできず、IT環境設定までにほぼ半月がかかってしまいました。役所関係への届出もひとつひとつ問い合わせをしながらの日々でした。
 そろそろ落ち着いてきたようです。こうしてお知らせできる位になってきたのですから。これからも皆様にがん治療、地域チーム医療に関する情報をご提供できたらと思っております。
 今後とも弊NPOの活動にご理解とご協力を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

「大丈夫。-小児科医・細谷亮太のコトバ-」を観てきました。

2012年2月20日

 「風のかたち」の姉妹編、「大丈夫。-小児科医・細谷亮太のコトバ-」を観てきました。スマートムンストンキャンプと細谷先生の10年間を追った伊勢真一監督のドキュメンタリー作品で、「風のかたち」が子どもたち中心だったのに対して、「大丈夫。」は細谷先生(聖路加国際病院・小児科医)の俳句・インタビューを中心に構成されていました。
 細谷喨々という俳号をお持ちの先生が読まれる俳句が一人、一人の患者さんとの瞬間を表していました。細谷先生ご自身の筆による俳句の十七文字のみがスクリーンに映し出される、何か胸につきつけられているような気がしました。
 4人ほど、氏名、病名、享年を出された子どもがいました。4人ともキャンプでは素晴らしい笑顔を見せ、自分の考えを述べていました。この4人に限らず、多くの子どもたちを看取っている細谷先生の胸の内を考えるとやるせなく、それでも子どもたちに「大丈夫。」と声をかけ続ける力強い優しさに感動いたしました。
 「『大丈夫。』はお守りなんです。」映画の最後に細谷先生はおっしゃっていました。こどもたちもそのまわりの人たちも、細谷先生に「大丈夫。」と言われることで、安心しているのでしょう。

 上映後、伊勢真一監督、「風のかたち」に絵を提供されたいせひでこさん(ご夫婦ではないそうです)、細谷亮太先生、作家の柳田邦夫さんのトークショー(進行役は女優の斉藤とも子さん)がありました。
 時間が短いトークショーでしたが、映像や絵にこめた思い、子どもたちへの思いなど、お話しくださいました。

 「大丈夫。-小児科医・細谷亮太のコトバ」は2011年第85回キネマ旬報文化映画ベスト・テン第1位に選ばれ、あちらこちらで自主上映される予定です。「風のかたち-小児がんと仲間たちの10年-」も自主上映は続いています。
 伊勢監督の作品は「いせフィルム」のHPで確認できます。   http://www2.odn.ne.jp/ise-film
みなさんも上映館を探してごらんになってはいかがでしょうか。

がんと口腔内の関係ーシンポジウムを聴いて

2011年11月14日

2011年10月30日(日)鶴見大学紫雲祭で行われた「歯学部長企画シンポジウム」を聴いてきました。
友人がパネラーをするというのでサクラのつもりで行ったのですが、無駄に熱心な聴講者になっていました。
「歯ーとto Heart 患者さんの直接の声を聞こう!~今、歯科診療に望むこと」と題されたこのシンポジウムは、NPO法人デンタルハイジニスト&オーラルセラピー(DOH)が鶴見大学歯学部小林学部長とともに、がん患者さんの口腔ケアに関して、がん患者さんから実際にご意見を伺うというものでした。
乳がん患者さん4人がご自身の病歴を語られ、それに伴う副作用(特に口腔内)を語り、歯医者さんとの付き合い方を教えてくださいました。
余程の事が無い限り、皆さん歯科医は御自分のご都合で選ばれるそうです。初診で問診表に「がん」とは書けないというのは共通していましたし、定期健診でがんの主治医を訪ねても、御自分の治療結果を報告しなさいとは言われないそうです。がん患者とわかると、「うちでは手に負えないから」と診察してくれないこともしばしばだそうです。今でこそ口腔ケアサポートが存在しますが、医師と歯科医の連携はまだまだ取れていないのが実情のようです。その連携の取れていない医師と歯科医師の間に患者さんが落っこちているという訳です。
「体中を走り回る抗がん剤という強い薬が歯の治療のスピードを一変させるのは当然」のようで、半年に一度は歯のメンテナンスに行っていた方が、抗がん剤開始1ヶ月で歯医者さんに行ったら口の中の状況が一変し、メンテナンスの期間が短くなったそうです。
医師は歯科医師に連絡を取るべきであり、逆もそうであるというのは当然ですが、それがなされていないならば患者自身が伝書鳩のように、医師の間で自分の情報を伝達する役割を担わなければいけないといわれていました。
医師・歯科医の間でも少しずつ勉強会のようなことが始まっているときいております。
治療以外でできることをできる人がコツコツやっていけば、患者さんのQOLも少しは向上するのかなと思った、目からウロコのシンポジウムでした。

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